超古代文明が存在した可能性は高い!証拠となる遺跡を紹介

グヌン・パダン遺跡 遺跡・古代文明

超古代文明と聞くとアトランティスをイメージしがち。

アトランティスの遺跡が見つかっていないことから、超古代文明を単なるSFだと指摘する人が多いようですが・・・

実のところ、超古代文明の可能性が高い遺跡は世界中にあります。

この記事では、実在した可能性が高い超古代文明の遺跡をご紹介していきます。

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超古代文明とは

一般的に世界最古と言われている文明は、約7000年前に現在のイラクで栄えたメソポタミア文明です。

これに対して超古代文明とは、氷河期末(1万2千年)より前に栄えたとされる文明

なおかつ、メソポタミア文明やエジプト文明を凌ぐほどの知識や技術を有していたとされます。

主流の考古学者はその存在を認めていませんが、世界中の遺跡を詳しく調べると、超古代文明の可能性が高いものがいくつもあります。

超古代文明の遺跡

現在見つかっている超古代文明の可能性が高い遺跡には、次のようなものがあります。

  • 与那国島の海底遺跡
  • ビミニロード
  • ドヴァーラカー
  • カンバート湾の古代遺跡
  • マルタの巨石遺跡
  • 南極のピラミッド
  • グヌンパダン遺跡

与那国島の海底遺跡

与那国島の海底遺跡

1986年、与那国島南部の新川鼻沖の海底20mのところで、神殿のような構造物が発見されました。

そのサイズは東西約250m、南北約150m、高低差約25m。

琉球大学の木村政昭名誉教授を含む一部の学者は、これを遺跡だと主張しています。

実際、道具で削った跡があり角は直角。

人面をかたどったと思える岩の他、周辺では古代の石器も見つかっています。

さらに驚くべきは、この構造物が建てられた年代。

そこが陸地だったのは、今より海面が低かった1万2千年以上前(氷河期)なのです。

従来の考古学では構造物を造るような知識や技術はなかったとされている時代。

そんな時代に巨石を使った構造物を建てる技術があったわけで、まさに超古代文明といえます。

ちなみに、主流の考古学者は「海流の浸食によって偶然できたもの」として、この構造物を遺跡だとは認めていません。

ビミニロード

ビミニロード

1968年、バハマ諸島にあるノースビミニ島の沖合にて、マンソン・バレンタイン博士が石畳を発見しました。

これを俗にビミニロードといいます。

ご覧の通り、石が真っ直ぐに敷き詰められ、道になっています。

この構造物は水深3~5mにありますが、さらにその先の水深90mの辺りでは、古代のものと思われる建造物がいくつも発見されています

主流の考古学者は、「ビミニロードは海水の浸食によって偶然できた」と主張していますが・・・

石畳を形成する石と海底との間には小さい石がはまっており、それによって石畳が平坦になるように調整されているのです。

このことから、ビミニロードが自然の産物じゃないことは明らか。

はるか昔に防波堤か港として造られたと思われます。

与那国島の海底遺跡と同様、この辺りが陸地だったのは1万2千年以上前。

超古代文明の遺跡である可能性が非常に高く、ビミニロードを「アトランティスの痕跡だ」と考える学者もいます。

なお、アトランティスについては下の記事で詳しく紹介しています。

超古代文明アトランティスは嘘?実在したならどこにあってなぜ滅びたのか?

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ドヴァーラカー

インドの叙事詩『マハーバーラタ』には、ドヴァーラカーという都市が登場します。

そして、ドヴァーラカーにちなんで名付けられたのが、現存するインドの街ドワルカです。

ドヴァーラカーはあくまでも空想の都市と思われていましたが・・・

ドワルカの地下から古代都市の跡が見つかったが見つかりました。

そこで近海を調査してみると、水深20mに古代都市の跡があることが分かったのです。

このことから、見つかった古代都市はマハーバーラタに登場するドヴァーラカーだと考えられています。

ここで注目すべきは、ドヴァーラカーは神クリシュナが治めた都市だということ。

クリシュナ

マハーバーラタによると、ドヴァーラカーは空飛ぶ乗り物に乗ってやってきたシャルバ王に空撃されます。

これに対して、クリシュナは太陽光のように光る矢で反撃したのだとか。

このクリシュナの物語も史実だとすれば、ドヴァーラカーは脅威のテクノロジーを持った何者かが統治する超古代文明だった可能性があるのです。

なお、マハーバーラタにはドヴァーラカーとクリシュナ以外にも、UFOらしき乗り物ヴィマーナも登場します。

それらについては、下の記事で詳しく紹介しています。

古代兵器ヴィマーナとは?インドの叙事詩ギルガメッシュに登場するUFO!

カンバート湾の古代遺跡

インドのカンバート湾の海底には、13平方kmにもわたる建造物があります。

水深は52m。

無論、ここが陸地だったのは氷河期です。

実際、構造物周辺から発掘された遺物の中には、3万年以上前に作られたとされる物もあります。

マルタの巨石遺跡

地中海のマルタ共和国には、巨石で作られた遺跡が沢山あります。

主流の考古学者は5600年ほど前に造られた遺跡だと主張していますが、この説では説明できないことも。

というのも、マルタには古代の車輪の跡のような溝(通称、カートラッツ)があちこちに残っており、それが海岸から海中へと続いているから。

カートラッツ

作家のグラハム・ハンコックが海に潜って調査したところ、この溝は沖合1km、水深25mの位置まで続いていることが分かりました。

つまり、この溝が運用されたのは、今よりも海面が25m以上低かった頃ということになります。

また、マルタの主な巨石神殿はシリウスに向かって建てられています。

マルタの巨石神殿

歳差運動によってシリウスの位置は変化しますから、それに合わせていくつもの神殿が建てられました。

そして、もっとも古い神殿は1万2千年前にシリウスがみえた方角に向いているのです。

以上のことから、マルタにある巨石遺跡は氷河期の時代(1万2千年以上前)に建てられたと考えられ、超古代文明の一つだといえます。

グヌン・パダン遺跡

グヌン・パダン遺跡

グヌン・パダン遺跡は、海底に沈まなかった数少ない超古代文明の遺跡です。

インドネシアの西ジャワ州チアンジュール県カリャムクティ、チャンパカ地区にあり、火山起源の巨大な六角形の石柱を積み上げたひな壇状。

70段の安山岩の階段(高さ90m)を登った先の頂上部には5つのテラス(150m×40m)があります。

この遺跡に使われた石柱は全部で5万個。

石柱1個の重さは約300㎏です。

グヌン・パダン遺跡周辺からは、人間が暮らした痕跡も人骨も見つかっておらず、少なくとも墓ではないことが分かっています。

さて、主流の考古学者によると、この遺跡が建てられたのは2世紀から5世紀、又は6世紀から8世紀の間とのこと。

しかし、この説に大した根拠はありません。

そんななか、地震地質学と地球構造学の専門家であるインドネシアの地質学者ダニー・ヒルマン・ナタウィジャヤが地質調査を実施。

弾性波トモグラフィーの結果、地中に3つの長方形の空洞(部屋)があることが分かりました。

それぞれは通路で繋がっており、一つ目の部屋はテラスから10m下。

二つ目と三つ目はさらに下にあり、合計するとテラスから40mほど下まで掘ってあることになります。

さらにコアドリルで遺跡の最下層の土を取り出したところ、建材の一部と思われる有機物が出土。

それを炭素年代測定にかけたところ、2万4千年前という結果が出たのです。

以上のことから、ダニー・ヒルマン・ナタウィジャヤは、グヌン・パダン遺跡が造られたのは9000年から20000年前だと主張しています。

ちなみに、主流の考古学者はこの調査結果を、「炭素年代測定の結果が風化の影響を受けた」として認めていません。

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エジプトのスフィンクスも超古代文明の遺跡?

スフィンクス

エジプトのスフィンクスは今から4500年ほど前に造られたというのが一般的な説。

しかし私は、スフィンクスもまた超古代文明の遺跡であり、造られたのはもっと前だと考えています。

なぜなら、スフィンクスの周囲の壁から水による浸食の跡が見つかっているから。

エジプトには浸食が起こるほどの雨は降りませんから、氷河期末に起きた大洪水の痕跡だと考えるのが妥当です。

また、有名な霊能者であるエドガー・ケイシーは、自身の前世を透視し、「(前世では)神官としてスフィンクスの建設に携わっていた」と述べています。

その際、「スフィンクスや大ピラミッドが造られたのは紀元前10490~10390年頃だ」とも述べています。

さらに、スフィンクスはライオンの胴体をしていますが、その視線の先に獅子座があったのは1万2千5百年前です。

以上のことから、1万2千年ほど前にはスフィンクスがすでに存在しており、造ったのは超古代文明の人々だと考えられます。

超古代文明は氷河期末の大洪水で滅んだ

氷河期

ご紹介した超古代文明の可能性が高い遺跡は、グヌン・パダン遺跡を除いて、すべて海底か分厚い氷の下にあります。

このことから私は、超古代文明は氷河期末(ヤンガードリヤス期)に起こった大洪水により滅んだと考えています。

実際、専門家の計算によると、氷河期は現在より120mほど海面が低かったとのことです。

海面が120mも上がれば、海沿いに位置する都市の多くは壊滅したはず。

伝説上の文明アトランティスも一昼夜にして海に沈んだと言われていますから、大洪水説には一定の信ぴょう性があります。

大洪水と海面上昇は1万2千年前の隕石衝突が原因?

隕石衝突

北米からヨーロッパの広い範囲で、1万2千年前の地層に黒い泥炭層が確認されています

地質学者の考えでは、これは大洪水が起こったことを示しているのだとか。

さらに、同じ地層から主に隕石に含まれるイリジウムが検出されています。

以上を踏まえて考えると、1万2千年前、当時氷に覆われていた北米のどこかに隕石が衝突。

それをきっかけに大洪水が起き、世界中の超古代文明が滅んだと考えられるのです。

1万2千年前の大洪水とはノアの方舟の物語か?

ノアの方舟

大洪水と聞いて真っ先に思い当たるのが、旧約聖書で語られているノアの方舟の物語。

地上が堕落したことに怒った神は、大洪水を起こして罰を与えることに。

その際、正直者だったノアに対して、方舟を作って大洪水に備えるように指示します。

言われた通りに方舟を作ったノアは、大洪水を逃れてトルコのアララト山に漂着。

そこで家族と共に文明の再構築を行ったと言われています。

実際、アララト山の近くにはギョベクリテペ遺跡があり、造られたのは1万年以上前とのこと。

遺跡には空から複数の蛇が降りてくる絵が描かれており、隕石の衝突があったことを暗示しています。

ノアを含む大洪水を生き延びた人々が、その記録をギョベクリテペの石に刻みこんだのではないでしょうか。

神や堕天使とは宇宙人?

堕天使

大洪水は怒った神が引き落としたもの。

なぜ怒ったのかというと、地上を守るために遣わした堕天使達が人間の女性とセックスをし、子供をもうけたからです。

しかもその子供は巨人だったのだとか。

これは旧約聖書にはっきりと書かれていることです。

では、神や堕天使達は何者だったのか?

人間の女性とセックスし子供をもうけたという記述から、肉体を持つ生命体だったと考えられます。

加えて、堕天使達は天から降りてきたとのこと。

つまり、堕天使達も、それを遣わした神も宇宙人だった可能性があります。

おそらく、宇宙人(堕天使達)は古代の人類に知識と技術を授け、文明の発展を助けていたのでしょう。

このように考えると、超古代文明が高度な知識を持っていたことにも説明がつきます。

その一方で、人間の女性との間に巨人が生まれたことで遺伝子汚染が発生したため、上級宇宙人(神)が隕石を落として遺伝子汚染をリセットさせたのではないでしょうか?

まとめ

この記事では、実在した可能性が高い超古代文明の遺跡をご紹介しました。

いずれも主流の考古学者は認めていませんが、それは従来の考古学が覆されるのを恐れてのこと。

考古学者には柔軟な思考と、正しい調査を期待したいところです。

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