【MEGA地震の前兆と予測!】地震光・光の警告4 江戸時代の記録

光の警告・地震光

前回は、阪神淡路大震災の数日前から起きた様々な地震光の目撃証言を取り上げました。(詳細はコチラ

不自然な夜空の発光、無音の稲妻、真っ赤な雲、流星ごとき光の物体など、地震光には様々なタイプがありましたが、なかでも目撃例が多いのが『赤い空』です。

実は過去の地震の記録を調べると、この『赤い空』と似たような現象がたびたび起きていたことがわかります。

そこで今回は、江戸時代に起きたMEGA地震における地震光の記録を見ていきます。

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火災のごとく空が赤く染まったらMEGA地震の前兆!

*写真はイメージです

MEGA地震・阪神淡路大震災が発生する前には様々なタイプの地震光が目撃されてきましたが、その中には次のような信じがたい証言があります。

<西宮市・男性の証言>

地震の2~3日前、西の空、六甲山の裏方向が赤く染まり山火事のように見え、20分位で消えたが、ニュースで山火事などはなく不思議な事もあるなと思った・・・

引用:『前兆証言1519』(弘原海清 編著)

この証言では「西の空・・・」と語られていますが、西宮市から見て西の方向は阪神淡路大震災の震源地となった方向です。

その方向の空が山火事と勘違いするほど赤く染まっていたのですから、阪神淡路大震災と無関係とは思えません。

実のところ、筆者はこの山火事のように赤く染まる空こそ、MEGA地震の有力な前兆現象だと考えています。

なぜなら、江戸時代のMEGA地震でも似たような地震光が目撃されているから。

次章ではその貴重な記録をご紹介します。

宝暦髙田地震の名立崩れ(なだちくずれ)

*引用:上越市ホームページ

新潟県上越市には名立崩れ(なだちくずれ)という史跡があります。

名立崩れとは、1751年5月に現在の新潟県糸魚川市~上越市付近で発生したMEGA地震・宝暦髙田地震(M7.0~7.4・死者2000人以上)に伴って大規模な土砂崩れが起きた場所のことをいいます。

海岸近くまで山々が迫る場所だったことと震源が陸域だったことで、現在の上越市・直江津付近の沿岸ではあちこちでがけ崩れや地滑りが発生。

特に被害が大きかったのは、史跡・名立崩れのある旧・名立小泊村(なだちこどまりむら)付近で、幅1キロにわたる大規模土砂崩れにより91戸中81戸が海まで流され、村人525人中406人が犠牲になりました。

なお、各地の土砂崩れの全貌は、3.6mの長大な絵図(下の写真)として描かれており、甚大な被災状況を今に伝えています。

*越後国頸城郡高田領土往還破損所絵図・上越市公文書センター所蔵

なお、名立崩れについてより詳しく知りたい方はコチラをご覧ください。

名立崩れ直前に目撃された赤い地震光

大災害となった名立崩れですが、この時、海まで流されながらも木の枝に引っかかって漂流し、奇跡的に生還した女性がいました。

以下はその女性による目撃記録です。

その日は風が静かで天気がことに良かったので、夕暮れから船でタラやカレイを釣りに出た。 沖の方からふと見ると、名立(漁港)の方が一面に赤くなって大きな火事に見えた。 みな大変驚いて、一刻も早く、と船を早めて家に帰ったが、陸には何の変りもない。 このへんに火事があったのかときいてみたが、全然そのようなことはないとのこと。 不審に思いながらも、まずはめでたいなどといいながら囲炉裏のそばで茶などを飲んでいた。 夜中すぎのころであったが、どこからともなく大きな鉄砲を撃つような音がした。 そのあとのことはどうなったのかわからない。 その時、後ろの山が二つに割れて、海に沈んだと思われる。 上名立の家は一軒も残らず、老若男女も家畜もみな海底の藻くずとなったが、その中でただ1人、ある家のおかみさんが木の枝にかかりながら、波の上に浮かんでいたので命が助かった。 これらはみなこの女の人が話したことである。 鉄砲のような音までは覚えているが、あとは必死で、海に沈んだこともわからなかったという。 実に不思議なのは、はじめに火事のように見えたことだった。

引用:『東遊記』橘南谿(たちばななんけい)

空が「火事のように見えた」と語られていますが、これは前述の阪神淡路大震災直前にみられた赤い発光現象と酷似しています。

さらに、阪神淡路大震災で「20分位で(赤い空が)消えた」ことと、宝暦高田地震・名立崩れで「(皆が戻った時には)陸にはなんの変りもない」という点も似ています。

以上のことから、宝暦高田地震・名立崩れで目撃された山火事のような発光現象は、MEGA地震の前兆である地震光だったと考えられるのです。

ちなみに、この地震光記録を伝えた橘南谿の東遊記では、地震の数日前から毎日カラスが騒ぎ、当日夕方には鳥の大移動があったことも報告されています。(動物が示す地震の前兆についてはコチラ

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秋田の男鹿地震と京都地震で目撃された地震光

江戸時代には他にも阪神淡路大震災時と同じような地震光が目撃されています。

大正から昭和にかけて地震光現象を丹念に調べ上げた地震学者の武者金吉さん(東京帝国大学地震研究所在籍)が書いた『地震なまず』では、次のような記録が紹介されています。

秋田の男鹿地震

<男鹿地震記より>

1810年8月・秋田男鹿大地震の3日前から西北の方向に電光とは異なる光が現れ、海上の雲に反映してものすごかった。 <乾坤相克記より> 前日夜には夜8時頃から10時頃まで、赤神山の方に幾千万の光物が万灯のように赤く輝いていた。

男鹿地震では空が赤く輝いただけでなく、海上の発光現象まで目撃されています。

「幾千万の光が万灯のように赤く輝いた」とあることから、尋常ではない光り方であり、地震光だったことは間違いありません。

京都地震

<京都地震見聞記より>

1830年7月・京都大地震の前夜、空一面が光り、地面からも光が出て昼のようだった。人々は不審に思い何だろうと話し合っていたが、翌日大地震となった。

京都地震では、空一面が光るだけでなく、地面からも発光し「昼のようだった」と記されています。

夜間に空と地面が光り昼間のようになる・・・

サーチライトなどがまったくない江戸時代においてこれほどの光源を人工的に作り出せたはずがなく、地震前夜であったことを考慮すると地震光と判断するのが妥当。

このように、今も昔もMEGA地震の前には地震光が発生するという事実が見えてくるのです。

まとめ

今回は江戸時代に起きたMEGA地震で目撃された地震光についてご紹介しました。

阪神淡路大震災時と同じように、江戸時代のMEGA地震でも赤く光る空が目撃されています

それは山火事と見間違うほどの明るさだったとのこと。

間違いなくMEGA地震の前兆なので、万が一同様の現象を目撃した場合はすぐに防災行動をとるようにしてください。

次回は江戸時代に甚大な被害が出た2つのMEGA地震、安政江戸地震と長野の善光寺地震で目撃された地震光についてみていきます。

●作成者プロフィール

原 経厳・・・元番組制作ディレクタープロデューサー、長年にわたり地震前兆関連の調査・取材等を続けつつ、現在はフリーで映像コンテンツ制作プロデュース、短編映画製作プロデュース等に携わる。

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